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横浜私立大学大学院総合理学研究科生体超分子システム科学専攻創製科学研究室ホームページ:研究内容

過去に在籍したスタッフの研究

研究の紹介
目次

1. 序1. 序
2. 基本転写因子TFIIDに内蔵されたTANDの機能2. 基本転写因子TFIIDに内蔵された分子スイッチTANDの機能
2-1. 自律的なTANDの機能 
2-2. 新規TBP結合ドメインであるTAND3の同定とその機能解析 
2-3. 転写/翻訳開始点シフトによるTAND欠失型TAF1タンパク質の発現制御 
2-4. TAND欠失型TAF1遺伝子と合成致死性を示すNSL遺伝子群の単離と解析 
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析3. TFIIDサブユニットTAF1の機能解析
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析4. TAND結合タンパク質HMO1の同定とその機能解析
4-1. ゲノム上のHMO1結合部位の同定と転写及び各種転写因子のリクルートメントにおけるHMO1依存性 
4-2. HMO1は転写開始部位の決定に関与する 
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析5. メディエーター(ミドルモジュール)の構成成分であるMed9の変異体解析
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析6. TFIIDサブユニットのゲノムワイドなプロモーター結合解析
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析7. TATA-less RPS5プロモーター中に存在するコアプロモーターエレメントの同定
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析8. CLN2遺伝子の発現を制御する多機能性因子Ssd1の機能解析
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析9. バフンウニを用いた初期胚発生における転写活性化機構の解析
3. TFIIDサブユニットTAF145の機能解析10. 新規in vivo遺伝子発現可視化技術の開発と応用
 
10-1. 遺伝子発現の可視化を可能とする新規レポーター遺伝子の探索 
 
10-2. ポリリン酸の蓄積を定量的に可視化するイメージング技術の開発(出芽酵母)
10-3. ポリリン酸の蓄積を定量的に可視化するイメージング技術の開発(動物細胞) 
1. 序
2. 遺伝子発現過程と発現量のコントロール
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-2-1. 転写反応における遺伝子発現量制御-mRNA合成効率のコントロール 
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-2-2. 翻訳反応における発現量制御 
3. 動物の卵
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-3-1. 卵成熟過程 
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-3-2. 受精後の初期胚における遺伝子発現制御 
4. 卵および初期胚の母性mRNAの構造的特徴
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-4-1. 卵成熟過程での遺伝子発現制御機構 
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-4-2. 初期胚での遺伝子発現制御 
5. 方法論
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-5-1. 阻害剤を用いる(成功例)* 
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-5-1-1. 試験管内再構成系を用いる 
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-5-1-2. 阻害剤と試験管内再構成反応の組み合わせ 
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-5-2. 翻訳反応を試験管内で阻害する(今後の実験) 
6. 技術の応用
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-6-1. 新規バイオテクノロジーの開発 
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-6-2. 産業化を目指して 
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7. 独り言
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-7-1. 遺伝子発現レベルは転写量で決まると思っていた頃
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-7-2. mRNA量が同じでも遺伝子発現レベルは違うんだ!  
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-7-3. miRNAの働きに興味が湧き出した昨今
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-7-4. 計算してみよう 
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-7-5. 管理釣り場でのニジマス釣り 
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8. 余談−.影響を受けた著書
 
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-8-1. これら著書から学んだことを私なりに説明すると 

I 真核細胞における転写調節機構(担当:古久保、高井)

1. 序

発生・分化・形態形成などの複雑な生命現象は特定の遺伝的プログラムに従って正確に行われる。これらのプログラムは主に転写段階で調節されながら進行することがすでに知られており、転写制御機構の理解はこれらの生命現象を解き明かす上で非常に重要であることはいうまでもない。しかしながら千種類以上の転写調節因子が単離された現在でも転写調節の分子機構に関する知見は極めて限られている。遺伝子特異的に作用するこれらの転写調節因子は、蛋白質間相互作用を介して転写開始点上に形成される基本転写装置の数あるいはその活性を制御し、各遺伝子の発現量を規定している。一方標的となる基本転写装置は多数の基本転写因子(TFIIA, B, D, E, F,H)とRNAポリメラーゼ II から構成され、遺伝子の種類を問わず機能する。残念ながら現時点では転写調節因子と基本転写装置の機能的相互作用の実体は不明であり、シグナルの送り手である転写活性化ドメインに要求される生化学的な性質、あるいはシグナルの受け手である基本転写装置内部に存在する活性化に必要な分子スイッチの構造といった基本的な問題にすら明確には答えられないのが実状である。また最近になって転写調節に関与する普遍的転写因子群が次々に単離・同定され、転写調節の分子機構を統一的に理解することはますます困難になりつつあるように見える。そこで我々の研究室では、転写調節において極めて重要な役割を果たす基本転写因子TFIIDに注目して研究を進め、一見混沌としてみえる現在の状況を整理し、転写調節の分子基盤を明確に説明し得るコンセプトの確立を目指している。



2. 基本転写因子TFIIDに内蔵された分子スイッチTANDの機能

基本転写因子のなかでもTATAボックス/イニシエーター/DPE等のプロモーター構造を認識するTFIIDは、転写開始前複合体のアッセンブリーに際して核となる分子であり、転写調節因子から受け取った信号を転写量の増減へと変換するうえで中心的な役割を果たす。我々はショウジョウバエ胚の抽出液からTFIIDを単離し、約10個近い構成成分を同定するとともに、TATAボックス結合タンパク質(TBP)以外の他のTFIIDサブユニット(TAFs)が転写調節に必須の役割を果たすことを示した(JBC,vol.268,p17554,1993)。また各サブユニットをコードするcDNAをショウジョウバエより単離し(PNAS,vol.90,p5896,1993/MCB,vol.13,p7859,1993/Nature,vol.367,p484,1994)、これらの機能を解析する過程において、最大サブユニットdTAF230(現在はdTAF1と呼ばれる)のN末端にTBPと強く結合し、その機能を阻害する新規の活性が存在することを見出した(Genes & Dev,vol.7,p1033,1993/PNAS,vol.91,p3520,1994)。この阻害活性は酵母からヒトまで種を越えて強く保存されていたことから、遺伝学的解析の容易な酵母を新たに材料に加え、この阻害活性領域(TAF N-terminal domain:以下TANDと略)について詳細な解析を行い(MCB,vol.18,p1003,1998/JBC,vol.273,p32254,1998)、TANDとTBPの相互作用の変化こそが転写調節因子によるTFIID活性化の鍵を握る初発段階の反応ではないかと考えるに至った(PNAS,vol.97,p7178,2000)。現在はこれまでの知見を説明し得る転写活性化の分子モデル(二段階ハンドオフモデル)を新たに構築し、その妥当性について様々な角度から検証を進めている。




2-1. 自律的なTANDの機能

我々は、酸性型転写活性化ドメイン(AD)とTANDのN末端側サブドメイン(TAND1)の間に成立する機能的互換性を見出し、ADはTBP上でまずTAND1と置き換わることにより転写活性化の引き金を引くのではないかという上記二段階ハンドオフモデルを提唱するに至った。しかしこのモデルを別の観点から見ると、TANDの役割はTATAボックス近傍に不活性型状態のTBPを濃縮すること、及びADからのシグナルに適切に応答してTBPをTATAボックスに送り込むことであると理解することもできる。すなわちTAND-TBP複合体はADと必要な相互作用ができれば良いのであって、他のTAFsとは独立に機能する(自律的な機能を有する)分子デバイスと捉えることも可能である。実際にTANDをTAF1のN末端からC末端へ、TAF5のN, C両末端へ、TAF11のN末端へと移植したところ、TANDはTFIID内部の位置に関係なく正常に機能し得ることが明らかとなった(MCB,vol.24,p3089,2004)。従ってTANDは必ずしもTAF1のN末端に存在する必要はなく、ADからのシグナルを受け取ることができさえすれば、機能を保持したままTFIID内部を自由に動き回れるものと考えられる。




2-2. 新規TBP結合ドメインであるTAND3の同定とその機能解析

これまで出芽酵母のTANDはTAND1(10-37aa)とTAND2(46-71aa)という二個のサブドメインのみから構成されると考えられていたが、最近我々はTAND2のC末端側直近に転写活性化能を有する領域が存在することを新たに見出し、その最小活性領域を決定してTAND3(82-139aa)と名付けた。TAND1やTAND2と同様、TAND3もTBPに結合する活性を有しており、TBPの変異体解析からTAND1とTAND3はともにTBPのDNA結合表面側を一部重複するような形で認識することが明らかとなった。興味深いことに、複数の遺伝子がTAND3の機能に依存して転写されることから、これらの遺伝子のプロモーター上ではTAND3によるTBP機能の抑制がADによって解除されることで転写が開始されるものと考えられる(JBC,vol.278,p45888,2003)。



2-3. 転写/翻訳開始点シフトによるTAND欠失型TAF1タンパク質の発現制御

出芽酵母とショウジョウバエ間のキメラ型TANDを有するTAF1遺伝子を作成し、その性質を調べた。ショウジョウバエ由来のTANDは出芽酵母の細胞内で正常に機能できず、上記キメラ型遺伝子を発現させた場合にはTAND欠失型TAF1タンパク質が著量蓄積することが明らかとなった。驚くべきことに、この蓄積はTAF1遺伝子の転写開始点が下流にシフトしたことに伴い、翻訳開始点がTAND以降のメチオニン残基にシフトしたためであることが示された(Genes to Cells,vol.9,p709,2004)。野生株においても同様の転写/翻訳開始点シフトによってTAND(1+2) or TAND(1+2+3)欠失型TAF1タンパク質がわずかながら生産されることから、異なるTAND領域を欠くTFIIDアイソフォームによって制御される特異的な標的遺伝子が存在する可能性なども考えられる。



2-4. TAND欠失型TAF1遺伝子と合成致死性を示すNSL遺伝子群の単離と解析

TAND領域が転写制御において果たす役割を遺伝学的な見地から明らかにするため、TAND欠失型TAF1遺伝子(taf1-deltaTAND)に対して合成致死性を示すNSL(TAND synthetic lethal)遺伝子変異株のスクリーニングを行った。これまでに15株を単離し、2株はTBP遺伝子変異株(spt15-S118L,P65S)、1株はTAF12遺伝子変異株(taf12-L420S)であることを明らかにした(JBC,vol.276,p395,2001/NAR,vol.31,p1261,2003)。またspt15-118L,p65S変異株はポストTBPリクルートメントステップ、taf12-L420S変異株はプレTBPリクルートメントステップの欠損を示し、いくつかの標的遺伝子の転写を調べたところ、taf1-deltaTAND変異株は後者とよく似た表現型を示すことが明らかとなった。この結果は、TANDがTBPリクルートメントステップに関与するという上記二段階ハンドオフモデルの妥当性を間接的に支持するものと考えられる。残りの12株についても原因遺伝子の特定を終了し、現在その性質について詳しい解析を進めている。



3. TFIIDサブユニットTAF1の機能解析

出芽酵母のTFIIDサブユニットの一つであるTAF1遺伝子について全長にわたって点変異をランダムに導入することにより多数の温度感受性変異株を単離し、TAF1と遺伝学的に相互作用する分子について同定を進めている。また得られた二種類の点突然変異株(N568delta,T657K)については独自に開発したin vivo転写系を用いて解析を進め、RPS5,TUB2遺伝子等のTATA-less コアプロモーターの認識異常、コアプロモーターと転写調節因子の組み合わせに依存した転写活性化能の欠損、コアプロモーターの種類によるTATAボックス挿入効果の違いなどをすでに明らかにしている(MCB,vol.20,p2385,2000/JBC,vol.276,p25715,2001)。現在はこれまでに同定した複数の標的遺伝子のコアプロモーターについて詳細なキメラ解析を行い、TAF1がその認識に関与すると考えられるコアプロモーター中の分子的特徴をヌクレオチドレベルで明らかにするべくさらに解析を進めている。



4. TAND結合タンパク質HMO1の同定とその機能解析

酵母細胞内においてTAND領域(1-208 aa)と相互作用する因子の探索(TANDをbaitとするcytotrap screening)を行い、酵母のHMGBタンパク質の一種であるHMO1を同定した(MCB, vol.27, p6686, 2007/NAR, vol.36, p1343, 2008)。生化学的な解析の結果、HMO1は直接TBPと相互作用し、TFIIDと共精製されることが明らかとなった。HMO1遺伝子破壊(hmo1Δ)株では複数の遺伝子の転写量の変化と生育遅延が見られ、hmo1ΔとTAND欠失変異(taf1ΔTAND)を組み合わせた二重変異株では、hmo1Δ単独変異株に比べて、より顕著な生育阻害が見られた。またHMO1タンパク質の過剰発現はTAND1欠失株の生育を特異的に阻害した。以上の結果は、HMO1がTAND/TBP/TFIIDとともに働く転写因子であることを示している。



4-1. ゲノム上のHMO1結合部位の同定と転写及び各種転写因子のリクルートメントにおけるHMO1依存性

HMO1は、リボソームRNA(rRNA: ribosomal RNA)遺伝子(プロモーター+コーディング領域)及びリボソームタンパク質(RP: Ribosomal Protein)遺伝子(プロモーター領域)に結合し、RP遺伝子群の主要な転写調節因子であるFHL1のRPプロモーター結合において必須の役割を果たす。我々は、詳細なChIP解析を行い、HMO1が35S rRNA遺伝子のコーディング領域全体にRNAポリメラーゼI依存的に結合すること、またHMO1は多くのRPプロモーターに結合するが、その結合量は遺伝子ごとに大きく異なることを見出した(MCB, vol.27, p6686, 2007)。興味深いことに、FHL1は、HMO1結合量の多いものにはHMO1依存的に、またHMO1結合量の少ない(あるいは結合しない)ものにはHMO1非依存的に結合しており、これらの結合特性はプロモーター配列によって規定されることが明らかとなった。またゲノムワイドなChIP-chip解析により(東京大学・白髭克彦教授との共同研究)、RP遺伝子群(計138個)は、HMO1の結合量、FHL1/RAP1の結合の有無及びそのHMO1依存性から計13種類のサブグループに分類できることが示された。HMO1遺伝子破壊の転写量への影響もRP遺伝子ごとに大きく異なっていたことから、従来RP遺伝子群は一様な制御を受けるとされてきたが、実際にはHMO1/FHL1/RAP1など複数の転写調節因子によって多様な制御を受けているものと考えられる。



4-2. HMO1は転写開始部位の決定に関与する

hmo1Δ変異は、TBP変異やTFIIA変異と組み合わせることにより、酵母の生育において負の合成効果を示すが、逆に一部のTFIIB変異による生育阻害に対しては回復効果を示す(NAR, vol.36, p1343, 2008)。これらのTFIIB変異株では転写開始部位(TSS: transcriptional start site)が下流側にシフトすることから、hmo1Δ変異のTSSに及ぼす影響を調べた。その結果、hmo1Δ変異株では、HMO1標的遺伝子特異的にTSSが上流側にシフトすることが明らかとなった(NAR, vol.36, p1343, 2008)。現在、HMO1がTSSを決定する分子機構について、さらに解析を進めている。



5. メディエーター(ミドルモジュール)の構成成分であるMed9の変異体解析

出芽酵母のメディエーターは、ヘッド(Med6, Med8, Med11, Med17, Med18, Med20, Med22)、ミドル(Med1, Med4, Med7, Med9, Med10, Med19, Med21, Med31)、テール(Med2, Med3, Med5, Med14, Med15, Med16)、Cyc-C(Med12, Med13, Cdk8, CycC)の計4モジュールから構成される巨大なタンパク質複合体であり、TFIIDとともに真核細胞の転写制御において重要な役割を果たす。我々はHIS4遺伝子の転写制御におけるTANDの役割との類似性から、ミドルモジュールの構成成分であるMed9に注目し、その変異体解析を行った(Genes to Cells, vol.14, p53, 2009)。その結果、Med9は種特異的なN末端側ドメイン(Med9-N: 1-63 aa)と種間保存性の高いC末端側ドメイン(Med9-C: 64-149 aa)から構成されること、及びMed4/Med7との結合やミドルモジュールへの組み込み、in vitroにおける転写活性化能などの主な機能はMed9-Cによって担われていることが明らかとなった。またmed9 (Δ119-149 aa) 株由来の細胞破砕液(WCE)は、野生株由来のWCEから生化学的にメディエーターを除去し、さらにそこにMed9 (Δ119-149 aa) を含む変異型メディエーターを戻したものとは、TBP/Taf11のリクルートメントにおいて異なる挙動を示したことから、med9株由来のWCE中にはTFIIDのプロモーター結合に影響を与える未知の因子が含まれているものと考えられる。現在、この因子の精製・同定を進めている。



6. TFIIDサブユニットのゲノムワイドなプロモーター結合解析

出芽酵母のクラスIIプロモーターにおけるTBP結合は、5個のサブユニットを共有する二種類の複合体であるTFIID(15サブユニット)とSAGA(20サブユニット)によって制御されている。DNAチップを用いた発現解析の結果から、TFIIDは主にハウスキーピング型遺伝子群(TATA-lessプロモーターを持つことが多い)を、またSAGAは主にストレス誘導性遺伝子群(TATA-containing プロモーターを持つことが多い)を担当すると考えられている。我々はTFIIDの全Tafサブユニット(Taf1-14), SAGA (Gcn5), NC2 (Bur6/Ncb2), TFIIB (Sua7), TFIIE (Tfa2), TFIIF (Tfg1), TFIIH (Tfb3), RNAポリメラーゼII (Rpb1)についてゲノムワイドなプロモーター結合解析を行い(東京大学・白髭克彦教授との共同研究)、野生株とtaf1-T657K株において得られた結果を相互に比較することにより、これら基本転写因子群の新たな機能の解明を試みた(NAR, vol.38, p1805, 2010)。  TFIIBとNC2は、結晶構造解析の結果からプロモーターに同時に結合することはないと考えられてきたが、本研究において両者は極めてよく似た結合プロファイルを示すことが明らかとなった。一方、taf1-T657K変異は、RP遺伝子プロモーターの場合、それ自身の結合にはあまり影響を与えないが、TBP結合や転写開始前複合体形成(特にTFIIBの取り込み以降のステップ)を阻害すること(ただしSAGAのリクルートには影響を与えない)、またゲノムワイドに見た場合にはTaf2-14のうちTaf2のDNA結合量のみを特異的に増加させることなども明らかとなった。さらにTaf1-14のプロモーター結合プロファイルをゲノムワイドあるいは個別の遺伝子ごとに詳細に比較することにより、TFIIDのコンフォーメーションはプロモーターごとに異なる可能性が示唆された。また連続的なクロマチン免疫沈降実験(sequential ChIP)により、TFIIDとSAGAがRP遺伝子プロモーターに同時に結合することも初めて明らかとなった。



7. TATA-less RPS5プロモーター中に存在するコアプロモーターエレメントの同定

RPS5遺伝子はTATA-lessプロモーターを有しており、TFIID依存的に転写される(MCB, vol.20, p2385, 2000/JBC, vol.276, p25715, 2001)。出芽酵母ではTATAボックス以外のコアプロモーターエレメントが同定されておらず、TFIIDが認識するTATA-lessプロモーター中のシス配列については明らかにされていない。そこで我々はRPS5プロモーター中のコアプロモーターエレメントを同定するため、プライマー伸長法を用いて詳細なシス配列解析を行った(NAR, in press, 2010)。その結果、TSSの20〜90 bp上流に存在するAAAA, TTTT, AATAなどの短いATストレッチ(計9箇所)がコアプロモーターエレメントとして独立かつ協調的に機能することが明らかとなった。また出芽酵母のコアプロモーターエレメントは、高等真核細胞の場合とは異なり、コア因子(TBP, TFIID, SAGAなど直接コアプロモーターエレメントを認識する転写因子)の結合に関与する配列CE(core factor binding element)とproductiveな転写開始を可能とする配列IE(initiation element)に分類されること、ならびにCE上に形成された転写開始前複合体からRNAポリメラーゼIIが下流側のIEまでスキャンすることにより転写が開始することなどが示された(高等真核細胞ではCEとIEが重複して存在することが多い)。現在、他のTATA-less promoterについても同様の解析を進め、その一般性について検証を行っている。



8. CLN2遺伝子の発現を制御する多機能性因子Ssd1の機能解析

出芽酵母には由来の異なる株が複数存在し、特定遺伝子のアレルの違いに起因する表現型がいくつか報告されている。細胞周期の進行、細胞壁の維持、寿命の決定など様々な生命現象への関与が示唆されるSSD1には、SSD1-V (functional) とssd1-d (non-functional) の二種類のアレルが存在し、両者は異なる表現型を示すが、Ssd1自身の分子機能については不明な点が多い。G1期サイクリンをコードするCLN2は、taf1-N568Δ株において転写が低下する遺伝子の一つである(MCB, vol.20, p2385, 2000)。制限温度下(37.5℃)においてtaf1-N568Δ株を培養すると、ssd1-dアレルを有する場合(taf1-N568Δ ssd1-d株)のみCLN2の発現が消失することから、CLN2はTaf1とSsd1の両因子により制御されていることが明らかとなった。また制限温度下においてtaf1-N568Δ SSD1-V株を培養し、フェナンスロリン投与(転写阻害)後のCLN2 mRNA量の変化を経時的に観察したところ、CLN2は転写活性化とmRNA安定化の両側面からSsd1により制御されていることが明らかとなった(Genes to Cells, in press, 2010)。Ssd1の両機能に必要なCLN2上のシス配列を探索したところ、5’-UTRが双方に必須であるという興味深い結果が得られた。またSsd1はこの領域を含むmRNAに対して強く結合し、その翻訳を阻害することが示唆された。近年6種類のタンパク質群(Cbk1, Kic1, Mob2, Hym1, Tao3, Sog2)から構成されるRAM(Regulation of Ace2 activity and cellular Morphogenesis)シグナルネットワークに含まれるCbk1キナーゼがSsd1のN末端領域をリン酸化することにより、Ssd1による翻訳阻害を解除するというモデルが提唱されている。このモデルではSsd1と細胞壁関連タンパク質をコードするmRNAの関係について議論しているが、CLN2 mRNAに対しても同様の局所的な翻訳制御システムが働くものと考えられる。現在、この点に関してさらに検証を進めている。



9. バフンウニを用いた初期胚発生における転写活性化機構の解析

バフンウニの胚発生において重要な役割を果たすOtx遺伝子は互いに異なるプロモーターにより支配される二種類のタンパク質(初期型HpOtxEと後期型HpOtxL)をコードする。HpOtxEはTATA-lessプロモーター、HpOtxLはコンセンサスなTATAボックスを含むプロモーターにより制御されており、それぞれの発現は未孵化胞胚期、孵化胞胚期に始まる。これらのプロモーターの発現時期特異性におけるTATAボックスの寄与を調べるために、種々のプロモーターコンストラクトを作成してウニ胚への遺伝子導入実験を行った。レポーター遺伝子として用いたルシフェラーゼの活性を指標に発現時期を調べたところ、HpOtxLプロモーターの場合にはTATAボックスの欠失により発現時期が早まり、逆にHpOtxEプロモーターの場合にはTATAボックスの挿入により発現時期が遅れることが明らかとなった。より感度の高いRT-PCR法を用いて直接レポーター遺伝子のmRNA量を定量した場合にも同様の結果が得られたことから、Otx遺伝子の発現時期の決定にはTATAボックスの有無が重要な役割を果たすものと考えられる(NAR,vol.30,p3034,2002)。

  バフンウニ(Hemicentrotus pulcherrimus)

  バフンウニの卵を採取しているところ


転写開始点近傍に存在するコアプロモーター配列(CE)は、上流配列(UAS)からの転写活性化シグナルを解読する上で重要な役割を果たしており、ヒト・マウス・ショウジョウバエ・出芽酵母等を用いた実験から、両配列間には機能的な組み合せが存在するものと考えられている。そこで、(1)ウニ胚においても同様の機能的な組み合わせが存在するか否か、(2)発生過程においてUAS-CE間の相互作用は変化し得るか否か、の二点について調べた。
HpOtxEプロモーターとSpSpec2aプロモーターは、いずれもCACGTG(E box)配列を転写開始点上流-66〜-61bpに有する。また後者のみが-30〜-24bpにTATA配列をもつ。HpOtxE-UAS(-461〜-61bp)に由来する転写活性化シグナルをHpOtxE, SpSpec2aの各CE(-60〜+23bp)がどのように受け取るかについて調べるため、野生型及び種々の変異を導入したUAS/CEを含むプロモーターをCFP, YFPに連結し、CFP/YFPレポーターコンストラクトの組み合わせ(二種類)を同時にウニ受精卵に導入後、発現の経時的変化を蛍光顕微鏡と定量PCR法により解析した。その結果、同一のUASでもCEが異なれば発現領域が異なること、逆に同一のCEでもUAS中の転写因子推定結合配列(GATA, Otx, E box)に個々変異を導入したものではやはり発現領域が異なることなどが明らかとなった。興味深いことに、いずれの場合においてもTATA配列を挿入・欠失させることにより、顕著な発現パターンの変化が観察された。また軟寒天により固定した同一胚を連続的に観察することにより、UAS-CE間の相互作用は固定されたものではなく、発生とともにダイナミックに変化することが明らかとなった(図1)(NAR,vol.35,p4882,2007)。

図1. 同一胚を経時的に顕微鏡観察して得られた蛍光画像.
HpOtxEプロモーター由来のUASとHpOtxE自身のCEを組み合わせたプロモーターをYFPに連結したプラスミド及び上記UASとSpSpec2aのCEを組み合わせたプロモーターをCFPに連結したプラスミドを作成し、両者を同時に受精直後のウニ胚に導入した。蛍光顕微鏡を用いて同一胚における両レポーター遺伝子の発現を経時的に観察したところ(A:21hr, B:24hr, C:26hr, D:29hr)、発生時期に応じて両プロモーターの活性は独立に変化すること、すなわちUAS-CE間の相互作用は発生過程においてダイナミックに制御されていることが明らかとなった。



10. 新規in vivo遺伝子発現可視化技術の開発と応用

本研究では、生物個体における遺伝子発現を非破壊的に計測する新規手法の開発を行い、その手法を用いて真核細胞の転写制御を支える分子的基盤及びその作動原理を明らかにする。特に新規レポーター遺伝子の開発とMRI計測手法の改良を重点的に進め、これまで不可能とされてきた不透明な生物個体の深部組織における遺伝子発現を細胞レベルの解像度でリアルタイムに可視化することを目指している(京都大学工学研究科・白川昌宏教授との共同研究)。

概要PDFファイル (8.26KB)

10-1.  遺伝子発現の可視化を可能とする新規レポーター遺伝子の探索

本研究では、外来基質を一切投与することなく遺伝子発現を高感度かつリアルタイムにモニタリングし得る非侵襲的な新規計測技術の開発を目標としている。我々は、全ての生物に存在するポリリン酸を31P-NMRを用いて可視化することが最も有効な方法論であろうと考え、ポリリン酸の蓄積を定量的に誘導できるレポーター遺伝子の探索と、高解像度でポリリン酸の蓄積を検出できるイメージング技術の確立を目指して、以下の研究を行った。
 出芽酵母は液胞中に120mMものポリリン酸を蓄積することが知られ、遺伝的改変も容易なことから、本研究には最適のモデル生物である。そこでまず出芽酵母細胞において機能するレポーター遺伝子を探索し、液胞の形成やその機能に関与するVTC/VMA遺伝子群がレポーター遺伝子として有望であることを示した。このうち、VTC1, VMA2については発現強度の異なる6種類のプロモーターを連結し、mRNA量とポリリン酸蓄積量の間に強い相関が見られることを明らかにした(NAR, vol.34, e51, 2006)。以上の結果は、出芽酵母においてVTC1, VMA2が定量的なレポーター遺伝子として利用可能であることを示している。

10-2. ポリリン酸の蓄積を定量的に可視化するイメージング技術の開発(出芽酵母)

出芽酵母細胞内の遺伝子発現レベルを非侵襲的・定量的にモニタリングし得る上記レポーター遺伝子を利用し、多種類の酵母株を同時に測定することができるイメージング手法の開発を行った。まずφ8 mmの直径を持つNMR測定管内に酵母のコロニーを効率よく配置するための器具を複数考案し、これらの器具を用いて測定管内に野生株、Δvtc1株のコロニーを配置した。化学シフト選択的な31P-NMRシグナルによるイメージング手法(31P-MRI, CHESS)を適用することにより、ポリリン酸のシグナルのみを極めて高いコントラストで可視化することに成功した。さらに発現強度の異なる6種類のプロモーターの支配下にVMA2, VTC1レポーター遺伝子を組み込んだ酵母株、及びそのコントロール株(野生株, Δvma2株, Δvtc1株)をそれぞれφ0.8 mmの極細キャピラリー管に移送し、計16種類の酵母株全てを同時に測定する方法論の開発にも成功した(図1)。この方法で測定したポリリン酸蓄積量とmRNA量との間にはやはり強い相関が見られたことから、出芽酵母細胞における遺伝子発現を非侵襲的・定量的にイメージングするための基盤技術として、本システムは極めて有用と考えられる(NAR, vol.34, e51, 2006)。
現在はこれらの手法を基本転写因子TFIIDの機能解析に適用するべく、種々の検討を進めている。




図1. 多検体を定量的に可視化した1H-, 31P-MRI画像.
φ0.8mmのキャピラリー管にレポーター遺伝子(VMA2, VTC1)の発現レベルが異なる酵母株を移送し、検体16種類について同時測定を行った(左は用いた器具・装置の模式図; 右は実際の画像データ)。 31P-MRIのシグナルを1H-MRIのシグナルで補正することによって、より正確にポリリン酸蓄積量を見積もることができる。

10-3. ポリリン酸の蓄積を定量的に可視化するイメージング技術の開発(動物細胞)

VTC遺伝子群は出芽酵母に特異的であり、高等真核生物にはオルソログが存在しない。一方、VMA遺伝子群の場合には明らかなオルソログが認められるものの、これらの遺伝子を欠くマウスは胚性致死となることが知られている。そこで原核細胞に広く分布するポリリン酸合成酵素であるポリリン酸キナーゼ(PPK1)に着目し、動物培養細胞における本酵素の発現とポリリン酸の蓄積量について検討を行った。その結果、複数の動物培養細胞において大腸菌由来の活性型PPK1遺伝子を発現させた場合にのみポリリン酸の蓄積が認められ、その細胞当たりの蓄積量はほぼ出芽酵母細胞と同等(~120mM)であることが示された。また薬剤誘導性プロモーターの下流にPPK1遺伝子を連結し、ルシフェラーゼとの比較を行ったところ、両者はほぼ同等の検出感度を有することが明らかとなった。蓄積したポリリン酸を指標とするPPK1発現細胞の2次元(2D)、3次元(3D)イメージングにも成功したことから(図2)、動物細胞の場合には、PPK1遺伝子が極めて有効なレポーター遺伝子になり得ると考えられる(Biotechniques, vol.42, 209-215, 2007)。

図2. 31P-MRIを用いた動物細胞における遺伝子発現の非侵襲的・定量的な可視化(2D-, 3D-imaging).
HEK293T細胞に大腸菌PPK1遺伝子([野生型WT]と[不活性型変異体H435A])を形質転換した後、φ6mmのガラスカップにつめ(左)、1H-,31P-MRIにより二次元的(2D; coronal planeに沿ってスキャン)、三次元的(3D; オリジナルファイルはQuickTime Movie)なイメージングを行った。1H-MRIでは両細胞間に差が見られないが、31P-MRIではPPK1[WT]を形質転換した細胞のみがポリリン酸を蓄積していることが分かる。



II 動物の遺伝子発現調節機構(担当:和田)

1. 序

生物の生存には、遺伝子に保存されている情報を書き出す必要があります。これが遺伝子発現です。生命活動に必要とされるタンパク質やRNAを遺伝情報に基づいて合成することです。具体的にはどのようなことが生じているのでしょうか?  ここでは、遺伝子発現に関する反応を真核生物について分子レベルで説明していきたいと思います。



2. 遺伝子発現過程と発現量のコントロール

遺伝情報は核という構造体中のゲノムDNAに塩基配列情報として保存されています。核は、核膜によって細胞質と区別されます。ゲノムDNA上の特定の領域はRNA重合酵素(ポリメラーゼ)により転写され、DNAの塩基配列情報のコピーとなるmRNAが合成されます。合成されたmRNAは核から抜け出し細胞質に存在するリボソームに移動します。リボソームは翻訳反応によりmRNA上の塩基配列情報に従ってタンパク質を合成します。その後、タンパク質は翻訳後修飾と呼ばれる化学修飾を受けて本来の機能を発揮する状態になります。このような素反応が連続して展開される一連の反応を遺伝子発現過程と呼び、DNA→mRNA→タンパク質という情報の流れをセントラルドグマと言います。この過程において重要な制御の一つに遺伝子の発現量コントロールがあります(図1)。遺伝子発現量は、転写や翻訳効率、mRNAやタンパク質の安定性、あるいはmRNAの核から細胞質への移動速度、さらにこれら以外にもさまざまな段階で制御されています。ただし、このような異なる各ステップにおいて共通していることがあります。それは、それぞれの遺伝子発現にかかわる素反応は、分子(核酸−核酸、核酸−タンパク質およびタンパク質-タンパク質)間相互作用に基づいているということです(図2)。また、核やリボソームといった細胞小器官(オルガネラ)や細胞に特徴的な構造体、例えば核マトリックスなどが重要な役割を持つことも忘れてはなりません。次は、遺伝子発現過程の中で特に転写反応と翻訳反応段階での制御に関して説明したいと思います。

2-1. 転写反応における遺伝子発現量制御-mRNA合成効率のコントロール  

転写反応はRNAポリメラーゼII(pol II)によるmRNA合成反応のことで、核内で生じます。転写反応は大きく3つのステップ、すなわち 開始 伸長 終結 に分けることができます。開始反応は、転写反応の鋳型となるゲノムDNA上の特定遺伝子の転写制御領域(プロモーター)にpol II(上記RNA重合酵素の一種)が結合し、転写開始点で2つのヌクレオチドをつなげてリン酸ジエステル結合を作ることです。伸長反応ではそれぞれのヌクレオチドがDNAの塩基配列に従って規則正しく重合し、ポリヌクレオチド鎖が伸長します。終結反応は文字通り転写反応を終わらせる反応です。開始反応の詳細やそれに至るまでの段階の制御は、古久保先生の説明をご参照ください。伸長反応における制御に関しては、後ほど詳しく説明します。終結反応ついては、教科書等で学んでいただくとしてここでは説明いたしません。  
さて、ここから本題の転写反応におけるmRNA合成効率のコントロールに関して説明します。mRNA合成量を増加させる反応に着目すると、それは、1)開始反応効率を上昇させる、2)伸長反応効率を上昇させるという大きく2つのステップでの制御として考えることができます。前者はプロモーターにpol IIを高頻度にリクルートすることで達成されます。もう少し詳しく説明するならば、単位時間当たりにおいて数多くのpol IIがプロモーターにやってきて、鋳型からRNA合成を何度(多数)も開始するということです。2)では、伸長中の反応停止(あるいは一時停止)が起こらないようにすることで転写開始部位から転写終結部位までの重合反応を高速で進めることにより達成されます(図3a)。まとめると、1つの鋳型からたくさんのmRNAが短時間に合成されることがmRNA合成効率のコントロールであり、これを転写の活性化と言います。

2-2. 翻訳反応における発現量制御  

翻訳反応においても転写反応と同様に反応は大きく分けて 開始 伸長 終結 の3つのステップからなり、翻訳活性化とは1つのmRNAからたくさんのタンパク質が短時間に合成されることを意味します。もう少し具体的に説明するならば、リボソームがmRNA上の翻訳開始コドン(ATG)からポリペプチド合成を開始する頻度が上昇することやポリペプチド鎖伸長効率が上昇することです(図3b)。



3. 動物の卵

さて、ここで話をこれまでとは全く別の方向に進めたいと思います。卵は雌側の配偶子のことです。対応するのが雄の精子です。卵と精子が結合(受精)することによりDNA量が倍加して、細胞分裂(卵割)が始まります。私は、最近、実験材料として色々な動物の卵を取り扱うようになりました。第一の理由は、細胞周期が同調しているからです。第二の理由は、転写反応が一時的に停止しているからです。詳細は以下に示します。

3-1.卵成熟過程  

最初にお断りしておきますが、卵の成熟過程の詳細に関しては、他の専門書や教科書をご参照ください。ここでは、転写や翻訳反応を解析するために必要な知識に絞って紹介します。一般に卵は成熟ホルモンの刺激を受けて2回の連続した減数分裂を経験します。その間に、極体が放出されます。その後、細胞周期は停止します。停止時期は動物の種類により様々です。私が興味深く思っていることは、卵成熟中にほとんど、いや全くと言ってよいほど転写反応が生じないということです。別の言い方をします。成熟ホルモンの刺激後の減数分裂過程やそれ以降の受精、さらには初期発生段階で必要となるタンパク質の供給は、卵細胞の細胞質に蓄積されているいわゆる母性(maternal)mRNAが翻訳されることによって供給され、新規のmRNA合成には依存しません(図4a)。まとめると、卵成熟過程の遺伝子発現は、mRNA合成を伴わない母性mRNAの翻訳でまかなわれると言うことです。

3-2.受精後の初期胚における遺伝子発現制御  

受精では成熟した卵に精子が結合してDNA量が倍加し、この後卵割が始まります。私の研究材料の一つの小型熱帯魚ゼブラフィッシュでは、興味深いことに通常の細胞分裂と比較すると極めて早い速度で初期の卵割が進行します。この速さは、細胞周期におけるギャップ期、すなわちG1期やG2期が存在せずに卵割が進行することに他なりません。これに関しても、詳細は他の教科書等をご参照ください。もう一点、初期発生で興味深い点は、卵成熟過程と同様に、ある程度の分裂回数まで転写がほとんど起こらないということです。ゼブラフィッシュでは、受精後2時間半から3時間頃まで、分裂回数で言うと9回目から10回目にかけてまで転写反応は抑制された状態を維持しています(図4b)。よって、この段階でも新規mRNA合成に依存しない母性mRNAの翻訳によるタンパク質供給で遺伝子発現は生じています。



4. 卵および初期胚の母性mRNAの構造的特徴

母性mRNAの構造に関して言及する前に、一般的なmRNAの構造から説明したいと思います。mRNAは5'側にキャップ構造、それに続く5'非翻訳領域(UnTranslated Region;5'UTR)、次いでコーディング領域(翻訳領域、タンパク質の一次構造を決めるための塩基配列)、そして3'UTR、さらに3'末端の「A」が連続して重合しているいわゆるpoly(A)鎖が存在します(図5)。  

卵の細胞質には母性mRNAが安定な状態で維持されています。母性mRNAの基本的な構造は一般のものと大差はないのですが、ひとつだけ大きな特徴があります。それは、poly(A)鎖の長さです。卵が成熟する前、すなわち成熟ホルモンが作用する前は、母性mRNAのpoly(A)鎖は一般のmRNAに比較すると短く、およそ25個程度の「A」が重合したpoly(A)鎖です。そして、卵成熟ホルモンの刺激によりpoly(A)鎖の伸長が促されます。遺伝子によってその長さは異なるのですが、私が研究しているイトマキヒトデのサイクリンAやBの母性mRNAでは、最終的に100個程度の「A」が重合したpoly(A)鎖となります。その他、これまでの色々な報告をみますと、アフリカツメガエルやマウスの卵などでは、およそ100〜200個の「A」からなる長いpoly(A)鎖に成長するようです。次は、このpoly(A)鎖伸長と翻訳反応の活性化に関して説明したいと思います。

4-1.卵成熟過程での遺伝子発現制御機構  

卵成熟中は転写反応がほとんど停止しているので、mRNAの提供なしに遺伝子発現が生じます。それでは、どのようにして卵細胞質中に蓄積している母性mRNAの翻訳反応が促進されるのでしょうか?それは、先に説明したpoly(A)鎖長変化と密接に関係します。簡単に説明するならば、短鎖状態では翻訳反応が抑制されていて、長鎖になると活性化されるということです(図6)。この制御にはmRNAの3'UTR内の特異塩基配列とそこに結合するタンパク質群によって形成される高次複合体による翻訳活性のコントロールが密接に関係しています。卵成熟ホルモンの暴露で卵細胞のシグナル伝達系が刺激され、その結果3'UTRにおける複合体が変化することでpoly(A)鎖が伸長し、さらにこれが複合体の変化を促して最終的には翻訳反応の活性化に至る経路が予想されています。複合体を形成する因子名や詳しい分子メカニズムに関しては、私の研究がもう少し進展したら随時紹介していくことにします。

4-2.初期胚での遺伝子発現制御  

卵と同様に、初期胚においてもpoly(A)鎖伸長と翻訳反応の活性化の関係が成立します。私はゼブラフィッシュのCdk9のmRNAに関して母性mRNAのpoly(A)鎖伸長は受精後およそ2時間くらいから開始し、4時間後に最長となり、その後短小化することを見出しています。また、その鎖長変化に少し遅れるようにして、翻訳の活性化、すなわちCdk9タンパク質の蓄積量の増加を観察することができます。ここで私はCdk9をコードする母性mRNAのpoly(A)鎖の伸長が本当に翻訳反応の活性化に寄与するのか解析する目的で、天然には存在しない核酸類似体でCdk9母性mRNAのpoly(A)鎖伸長の特異的阻害を試してみました。その結果、poly(A)鎖の伸長が阻害されるとCdk9タンパク質蓄積量の増加が抑制されることを見出しました。よって、ゼブラフィッシュ初期胚のCdk9母性mRNAは、poly(A)鎖の伸長でその発現量が増加することを明らかにしたわけです。



5. 方法論

生命現象に関わる反応を解析する方法は多数存在します。その中で、私は、生体内反応の分子レベルでの理解を目的として、生化学的アプローチと分子生物学的アプローチを組み合わせた方法を採用しています。特に私は、試験管内再構成系を用いた実験手法にこだわりがあります。以下に詳しく説明しますが、研究対象とする反応を分子レベルで解析する目的で低分子化合物(化学物質)を実験用ツール(分子プローブ)として使用しています。試験管内で再構成した生体内反応を分子プローブで阻害することにより解析の糸口を見出していこうとする試みです。これが私の研究の特徴と言えます(図7a)。簡単に説明するならば、阻害剤で平衡を乱すことで生じる変化から、反応制御に密接に関わる因子を同定し、その因子の機能を明らかにすることで生体内反応の分子レベルでの理解を目指しています。多くの場合、阻害剤は核酸あるいはタンパク質と特異的に結合することで結合相手の本来の活性に変化を与えます。最初の項で説明しましたが、諸々の生体内反応の基本は分子間相互作用です(図7b)。よって、阻害剤が標的分子に結合することでこの分子間結合が切れたり、弱くなったり、あるいは増強されることにより平衡の乱れを誘導します。試験管内再構成系では限られた分子で反応が再現されていますので、その反応系が高度に精製された因子群から再構成されている場合は、阻害剤の標的因子、すなわち結合する相手探しが極めて容易となるわけです。同定された因子の機能や活性は、遺伝子ノックダウン法により細胞あるいは実験動物で解析を行うことが最近のサイエンスでは可能となりました。まとめると、[試験管内再構成系]→[阻害剤の作用メカニズムの解析]→[責任因子の同定]→[阻害メカニズムの解析]→[細胞あるいは個体レベルでの検証] という実験過程を辿るわけです。

5-1.阻害剤を用いる(成功例)*  

私の阻害剤を用いた転写制御研究結果に関してここで紹介したいと思います。採用した阻害剤はATP類似体で、タンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)の活性を特異的に阻害するDRBという低分子化合物です。世界で最初のDRBに関する報告は1950年代で、その後私が研究を開始した1995年頃までに、多くの論文にDRBに関する記述が存在しました。その中で、当時、私が特に重要と認識していた現象は「DRBはある種のキナーゼ活性を阻害することにより転写反応の伸長段階を阻害する」というものでした。「ある種の」と表記した理由は、DRBの標的が不明であったことに他なりません。  
まず、DRB濃度を薄いところから濃いところまで幅広く変化させて、HeLa細胞核抽出液(Nuclear Extract; NE)で試験管内に再現される転写反応への影響を解析しました。その結果、DRBは短い長さのRNAの蓄積を促し、逆に長鎖のRNA合成を阻害することに気がつきました(図8)。

また、マサチューセッツ工科大学のPhil.Sharp博士らのグループが既に報告していたのですが、NEをホスフォセルロースカラムで分画して0.3M KClで溶出されてくるフラクションにDRB活性を誘導するタンパク質性因子(DRB senisitivity-inducing factor; DSIF)が存在することを私の実験結果で再確認しました。その後、長い年月をかけてDSIF精製に挑戦し、最終的にDSIFは分子量160kDaと14kDaの2つのポリペプチドから構成されることを明らかにしました(図9)。DSIF精製は、当時大学院生であった高木敏行君**の多大な協力を得て成功したことをここでお知らせしておきます。その後の試験管内転写反応系を用いた解析から、DSIFは直接pol IIと結合して転写伸長反応の初期段階で一時停止を誘導する活性を有することを明らかにしました。さらに、私の研究を卒業研究の時から手伝ってくれた山口雄輝君***が、DSIFと協調して働くことで転写伸長反応の一時停止を誘導するNELF(Negative Transcription Elongation Factor)の同定・精製に成功しました。まとめると、私の研究ではDRBという生体内には本来存在しない低分子化合物を試験管内転写反応に添加することで伸長反応の一時停止を見出しました。その活性を指標として責任因子の精製を進めた結果、伸長反応制御に関与するタンパク質性因子DSIFとNELFの同定に成功しました。さらに両因子の生化学的解析から転写伸長初期段階に「反応の一時停止」が存在することを世界で初めて明らかにすることができました(図10)。

5-1-1.試験管内再構成系を用いる  

分子プローブとして採用したDRB研究から、転写伸長反応の制御を司るDSIFとNELFの同定に至ったわけです。しかし、それら因子を同定しただけではDRBによる転写伸長反応メカニズムを明らかにしたわけではありません。これを達成するために、私たちはin vitro転写反応を再構成系で行うことによりDRB阻害機構を解析することにしました。再構成系とは、できるだけ精製した転写因子や組換えタンパク質を用いて転写反応を実施することです。これにより、DRB標的因子の同定が容易となります。結果として、我々は米国David Price博士らのグループがショウジョウバエ細胞抽出液を用いて世界で最初に同定したキナーゼP-TEFbがDRBの標的であることを突き止めました。P-TEFbがリン酸化するものはpol IIに特徴的な構造のC-terminal domain(CTD)のセリン残基です。CTDは7つのアミノ酸から構成されているのですが、P-TEFbは2番目に位置するセリン残基を特異的にリン酸化することがわかりました。このリン酸化によりDSIFとNELFはpol IIと結合できなくなり、その結果転写伸長反応の一時停止は生じなくなります。すなわち、DRBがP-TEFb活性を阻害するとCTDのリン酸化は抑制され、DSIFとNELFがpol IIに結合した状態が維持されることにより転写反応の一時停止が持続するというDRB阻害分子メカニズムの詳細が明らかとなりました(図11)。  

しかし、ここで1点だけ試験管内再構成系の注意点を述べておきます。先にも記載しましたが、生体内反応はオルガネラや細胞に特徴的な構造体の影響を受けます。これらが存在しない環境では、本来は起こりえない分子間相互作用が試験管内で生じる可能性があります。しかし、オルガネラ等を試験管内で再現することは系が複雑となる理由から通常は行いません。よって、試験管内での実験では常に非特異的分子間相互作用に対する注意が必要です。

5-1-2.阻害剤と試験管内再構成反応の組み合わせ  

反応阻害剤、すなわち分子プローブは標的分子との結合を介して化学反応に影響を与えます。一方で、試験管内再構成系は、高度に精製した因子や組換えタンパク質で組み立てることが可能です。よって、先ほど説明したDRB研究のように、反応制御過程やそれに関与する因子の同定が可能となるわけです。すなわち、両者の組み合わせは約束された成果を与える有益な実験系であると考えられます。

5-2.翻訳反応を試験管内で阻害する(今後の実験)  

先に紹介しましたが、私は最近、ゼブラフィッシュのCdk9をコードする母性mRNAを研究対象として、初期胚中でpoly(A)鎖伸長を特異的に阻害すると翻訳反応の促進が生じなくなることを発見しました。同様の現象は、イトマキヒトデのサイクリンAやBをコードする母性mRNAでも確認しています。さらに、アフリカツメガエル卵においても検証中です。もし、各遺伝子のmRNAのpoly(A)鎖伸長を抑制する低分子化合物を発見できれば、これを応用することにより特異的遺伝子発現抑制法に展開させることが可能となります。また、転写阻害剤DRBの実験例で説明しましたように、試験管内で反応を再構成することで反応の分子メカニズムを明らかにできます。よって、翻訳反応やpoly(A)鎖伸長反応を試験管内で再現し、この系でpoly(A)鎖伸長を特異的に阻害する化合物の活性を検討できれば責任分子の同定や解析の道が開けてきます。幸いアフリカツメガエル卵抽出液では、1)poly(A)鎖伸長と翻訳の活性化の関係が試験管内で解析されている、2)部分的ではあるが翻訳反応の再構成系の成功例が報告されている、などの状況が整っています。今後は、アフリカツメガエル卵抽出液を用いてpoly(A)鎖伸長阻害剤の作用メカニズムの解析を中心に研究を展開していく予定です。



6. 技術の応用

分子レベルで生体内反応を理解すると、目的の反応において重要な分子間相互作用が明らかになります。そのことはすなわち、反応の活性変化を特異的に誘導できる箇所がわかるということです。もう少し具体的に説明するならば、反応の活性に重要な分子間相互作用を阻害する低分子化合物の探索が可能となるわけです(図12)。そうすることで、ある種の薬剤の開発や遺伝子発現制御技術の発展が見込めます。

6-1.新規バイオテクノロジーの開発  

よって、目的の分子間相互作用を変化させる低分子化合物を特定の遺伝子やその遺伝子産物に絞り創製したならば、それは新規の遺伝子発現抑制法に至る経路の確立へとつながります。

6-2.産業化を目指して  

もし、遺伝子特異的発現抑制法が確立できたならば、例えばがん細胞の増殖に必須な遺伝子発現を抑制することでがん細胞の死滅を誘導できるわけです。当然のことながらこの場合のゴールは抗がん剤の開発になります。まとめると、生体の反応を分子レベルで理解することで重要な分子間相互作用箇所が明らかとなります。その特定箇所を標的とした新規の化合物の開発を行えば、新規の抑制法の開発に繋がり、応用次第では産業化の糸口を作りだすことに貢献できるということです。このような過程を辿ることにより、私は新規薬剤の創製や新規生体反応制御因子の創製を目指します。



7. 独り言

上手くありませんがPSPでたまに将棋で遊んでいます。レベルをだんだんと上げていくと、負けが込んできます。負ける度に思うのですが、もう少し先を読めることができれば勝てるのではないかということです。研究においても、目先のことしか考えていなくて、後になってはっと気がつくことがしばしばです。生物を研究対象にしていると、まだまだ明らかになっていなことは多く、全く先が読めない状況にあることを痛感しています。

7-1.遺伝子発現レベルは転写量で決まると思っていた頃  

転写反応をメインに行っていた2000年頃までは、「遺伝子発現の活性化=転写の活性化」だと信じていました。信じていたというところが重要です。そうです、単純にそう思っていたことに他なりません。もう少し付け加えるならば、遺伝子発現の活性化制御研究はmRNA量が増える反応の解析のみで解決できると単純に考えていました。しかし、2000年以降に着手したゼブラフィッシュの初期胚研究で気がつきました。すなわち、mRNA供給なしにタンパク質量が増加する遺伝子発現制御を知る(認識する)こととなったわけです。ここでいい訳ですが、転写研究真っ盛りという時代が私にそう信じ込ませたのかもしれません。視野が狭かった、考えが浅かった、いずれにしても翻訳反応の活性化に目が向くようになってきました。

7-2.mRNA量が同じでも遺伝子発現レベルは違うんだ!  

遺伝子発現を解析する際に、数多くの論文ではRT-PCRでmRNA量を間接的に測定して遺伝子発現レベルとしています。しかし、母性mRNAによる制御を鑑みるとこれは正しくないと言えます。すなわち、見掛け上mRNA量の変化はなくても質的な変化、すなわちpoly(A)鎖伸長の変化で翻訳の活性化が誘導され、結果的にタンパク質量の増加がもたらされるという現象を考慮に入れることが重要と思うからです。

7-3.miRNAの働きに興味が湧き出した昨今  

そう考えると、最近、私はマイクロRNA(miRNA)による遺伝子発現制御メカニズムに興味が湧いてきました。miRNAはmRNAの3'UTRに作用して、poly(A)鎖の短小化(deadenylation)を促進し、結果的に翻訳反応を抑制します。また、この抑制はmRNAの分解促進を伴わないことが明らかとなってきました。すなわち、mRNAの減少なしに遺伝子発現レベルは低下するわけです。今後は、miRNAによる発現制御メカニズムも視野に入れて研究を進めていきたいと考えています。

7-4.計算してみよう  

生命に関わる諸反応は化学反応です。よって、必ず分子が関与し、化学の法則が適応されます。私は学会や班会議で何度か「あなたの解析している分子は1つの細胞に何個存在しているのですか」と質問したことがあります。残念ながらこの質問にその場で的確に答えられた演者はほとんど記憶にありません。なぜ、生命系の研究者は分子数をあまり考慮しないのでしょうか?私にとっては不思議です。持論(と言うより、恩師の半田教授の影響も大)ですが、分子数で反応を考えるべきだと思っています。アボガドロ数を6.02X10の23乗と覚えていれば、細胞あたりの分子数は簡単に計算できます。  
ヒストンは、pol IIは、あるいはDSIFは、これらの細胞あたりの数を計算することで、違った世界が見えてくるのではないでしょうか。このホームページを読んでくれている特に学生諸君には、是非とも自分が興味を持つ生体分子の数を計算して欲しいものです。何か新しい事が見えてくるはずです!

7-5.管理釣り場でのニジマス釣り  

「柳の木の下に二匹目のドジョウはいない」と言われます。要するに、同じことをやっても、そうそう簡単には成功しないことだと私は解釈しています。  私の実験では先に説明しました通り転写制御研究で低分子化合物DRBを分子プローブとして使い、試験管内転写実験において新規転写伸長因子の同定・精製および生化学的・分子生物学的解析を行いました。その結果、動物細胞における転写伸長段階の一時停止メカニズムを明らかにすることができました。そして、今後は同じ手法を翻訳制御研究に持ち込み、すなわち低分子化合物で試験管内翻訳反応を阻害することによって新規制御因子や最終的には新規のメカニズムを明らかにできるのではないかと考えています。まさに、柳の下の二匹目のドジョウを狙っているわけです。
私の趣味の一つは、フライやルアーを使ったマス(トラウト)類の釣り(フィッシング)です。早春の匂いがするヤマメを狙って解禁直後の山奥の渓流に足を運んだことがあります。また、芦ノ湖へも巡礼のように毎年3月初旬に一回だけ釣りに行くことにしています。特に若いころは、尺ヤマメや50cm超えのレインボートラウトへの情熱で興奮のあまり釣行の前日は寝付けませんでした。しかし、予想は裏切られます。現実はそう甘くはありません。尺ヤマメなどめったに釣れるものではないのです。多くの場合は業界用語で言う「ぼうず」、すなわち一匹も釣れません。  
日本の河川や湖には必ず魚が放流されています。そのため多くの川や湖では間違いなく魚が泳いでいるわけです。さらに、解禁直後の芦ノ湖では目の前で漁協の方々が何度も網でニジマスなどを放流してくれます。たぶん数百匹は追加されると思います。それでも、釣れるか釣れないかのぎりぎりのところの釣行となります。これに対して、最近、横浜近郊に数多くの管理釣り場が営業するようになりました。管理釣り場では、それほど広くはない池に多数のトラウト類を放流し、管理しています。これでアングラーのヒット率を高めているわけです。ごく一般的な管理釣り場では目の前の池で泳ぐおびただしい数のトラウトを目視できます。よって、管理釣り場ではよっぽどのことがない限り「ぼうず」ということはありません。ただし、数時間で数千円の料金が必要です。  
話を研究に戻します。研究で標的分子を探す際も全く魚釣りと同じことが言えると思うのです。例えば、目的因子がNE中に存在することが判っていてもそれが同定できるまでは不安です。また、他にたくさんのタンパク質が共存するので目的因子を釣り上げられるかどうかわかりません。よって、管理釣り場のごとく目的因子の存在確立を高め、しかも、はっきりと解析系の中に入ってることが分かるようにすれば安心して実験を進めることができます。これに近いものが、試験管内再構成系と分子ブローブを組み合わせた実験なのです。 これにより、私は2匹目のドジョウならぬ管理釣り場における確実なトラウト捕獲を目指します。



8. 余談 −影響を受けた著書

・7つの習慣(スティーブン・R・コヴィー著、キングベアー出版)  

この著書から学んだことはここで書ききれないほどたくさんあるのですが、強いて抽出すると、相互依存、すなわちお互いに良いところを出し合うことで仕事を推進する有益性、第二の領域、すなわち健康維持や体力増進・友好関係の樹立・新しい分野の勉強・集中力を増すための環境作りなどが重要である点、さらには委譲 (delegation)によって 自分以外の人に仕事を任せる事で自分が苦手(いやでやりたくない)な仕事やストレスが溜まる仕事を他人との協力で克服することの必要性です。何度も読み返せる素晴らしい本です。

・さあ才能に目覚めよう(マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン著、日本経済新聞出版社)  

それぞれの得意分野で勝負することを目的として書かれたこの本は、自分の得意分野や長所を見出す助けとなります。これによって自分の能力を意識し、さらに仲間との関係の確立でよりよい仕事環境が整うのではないでしょうか? この著書も、何度読んでも学ぶことばかりです。

・減らす技術 The Power of LESS(レオ・バボータ著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)  

この著書からは、時間の使い方を学びました。渋滞に巻き込まれないようにするためには、多くの人と異なるタイムテーブルで行動するメリット、朝早く起きることだけで生活が一変する事実など、無駄な時間をなくす必要性を痛感しました。是非、読んでみてください。 

8-1. これら著書から学んだことを私なりに説明すると  

Kさんは100mを11秒台で走れます。Hさんは400mを40秒台で走ることができます。両人とも、きわめて立派な記録で鍛えていない人には到底出来ることではありません。私は、残念ながらそのような高速で走ることはできません。例え練習したとしても無理です。一方、両人はマラソンクラスの40kmとなると、これをある程度の速度で走ることができないのです。正確に言うと、走ろうとは思わないのです。ここで私を仮にTさんと呼ぶことにします。Tさんは100mや400mを速く走れるようになりたいのですが、先ほども書きましたように練習しても一向に速く走れません。しかし、40kmだったら最終的には時速10km/hで走ることができます。  
ここで述べたいことは、もう皆さんお察しのように、もし、3人の能力が一つになれば、短距離も長距離も問題なくこなせるアスリートが生まれるということです。もう一点、大事なことがあります。K先生は走ることにおいては短距離も長距離も全く苦手です。ところが、腕相撲だったら未だに近隣に敵無しです。K先生に伺いました。何かトレーニングをしたのですか?いや。すなわち、それぞれの人にはそれぞれの得意と不得意が存在すると言いたいのです。極めて当たり前のことを記載しているのですが、紹介した著書にもこれと同じようなことを意図した箇所が存在します。まとめると、各人の得意分野を出し合って皆で協力することで、一人では成し遂げられなかったことに挑戦して行きましょうというお話でした。

注:*東京工業大学統合研究院教授半田宏先生の研究室での研究成果 **現在は第一三共株式会社 開発第一部第1G 所属、 ***現在は東京工業大学大学院生命理工学研究科准教授。





創製科学研究室では、転写・相同組換え・修復・DNA 複製等の基本的な生命現象に強い興味を持つ大学院生(博士前期課程、後期課程)を募集しています。当研究室の研究内容、教育方針、受験方法等についてもっと詳しく知りたいと思われた方は、気軽に下記宛メールで御連絡下さい。随時研究室見学、面談に応じています。

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