第3回公開シンポジウムのご報告。
新学術領域研究「天然変性タンパク質の分子認識機構と機能発現」(略して「天然変性蛋白質」)の研究班が主催する第3回公開シンポジウムが、2014年2月27-28日の二日間で、福岡市の九州大学病院地区キャンパス内にある医学部百年講堂において開催されました。本シンポジウムは、本領域班員の柴田武彦博士(理化学研究所)を実行委員長として企画いたしました。年度末で、特に大学関係者にとっては、各種学位論文審査、発表会、期末試験成績登録など極めて多忙な時期であったにも関わらず、また多くの方にとって福岡という遠方開催にも関わらず、全国各地から合計95名の参加がありました。まず、参加下さいました全ての方々に厚く御礼申し上げます。
本シンポジウムは、新学術領域「天然変性蛋白質」の5年間の活動を締めくくる最後の全体行事でした。講演者は本領域の各計画班代表者と各班の分担者1名ずつを指定講演者とし、さらに公募班を含めて領域班全体から6名の講演者を選び、合計16題の講演を各30分で行ないました。それらに加えて、本研究領域を5年に渡りまとめて来られた佐藤 衛領域代表(横浜市大院教授)と、"天然変性蛋白質"という日本語を生み出し、本領域研究の進展に貢献してこられた西村善文博士(横浜市大院教授)にはそれぞれ1時間の特別講演をいただきました。さらに、廣明秀一博士(名古屋大院教授)のグループが本領域で行なった研究を基にした技術開発を、本シンポジウム開催の3日前に名古屋大から出願完了したということで、その内容についての講演をプログラムに追加しました。
特定の構造を持たない天然変性状態の(領域を有する)タンパク質が、パートナーたちとの相互作用に伴って、特有の構造に折り畳まれることの分子機構解明は、生命現象を理解する上で欠かせないものとして、次世代分子生物学の中心の一つになることから、この新学術は重要な役目を担ってきました。本シンポジウムではそれぞれの研究者の5年間の研究成果をまとめた内容でしたので、30分の持ち時間は短かすぎたのですが、それぞれの話題を分かり易くまとめられており、二日間に濃縮された、充実した一時を過ごすことができました。
天然変性タンパク質は、この5年間で我が国における生命科学の中に広く普及したと思いますが、本領域の公開シンポジウムや研究講習会などの活動が、ある程度それに貢献できたものと思います。天然変性タンパク質の機能は、それぞれのタンパク質によって多種多様であり、研究の方法論も一通りではありません。本シンポジウムでも、研究の仕方が多様であり、進歩し続ける発展途上にあることを示したものでした。今後、個々の研究者の方々が、研究されているタンパク質の中に天然変性領域を見つけられたら、その変性状態である意義と機能を理解していくために、本領域の活動奇跡がお役に立てることを願って、本シンポジウムの報告を締めくくります。
実行委員 石野 良純(九州大学農学研究院)
〈 会場風景 〉
〈 講演 〉
〈 懇親会 〉
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〈 感想文 〉
第3回公開シンポジウムに参加して
2014年2月27日と28日、九州大学医学部百年講堂にて開催された第3回公開シンポジウムに参加させていただきました。今回のシンポジウムは新学術領域研究「天然変性タンパク質の分子認識機構と機能発現」の総括の場でもあり、非常に大きな会場での開催でした。
私は本年度行われた第4回領域会議に参加し、その際に本研究領域に関わる方々の専門分野の多様さに驚きました。今回のシンポジウムも専門分野が分子生物学・構造生物学・生物情報科学など多岐にわたる発表者が集い、天然変性タンパク質の理解を深める議論が活発に行われました。シンポジウムは、肥後先生のinduced fit / population selectionに関する熱い議論から始まり、佐藤先生の素晴らしい総括と天然変性タンパク質の今後の更なる解明・発展への叱咤激励で幕を閉じました。
私自身は、NMRを用いて天然変性タンパク質の物性を網羅的に解析し、天然変性タンパク質に共通する物性パラメータや構造生物学的情報を得ることを目指し、日々研究しています。講演では特に、crowdingやconfinementに言及した池谷先生の発表内容が、自分が行っている研究の手がかりになり得る情報が多くあり、大変興味深かったです。初日の夜に開かれた懇親会にも参加させていただき、そこでは先生方をはじめ九州大学の学生の方たちと議論や情報交換など交流することができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。
本研究領域は、天然変性タンパク質の理解を深める場を提供するだけでなく、若手研究者の育成を行う場も提供していました。これらのことが両立でき、成果を収めることができたのは幅広い分野の歯車が噛み合った、まさに多分野融合研究の賜物であると感じました。このシンポジウムに参加して得た知識を、今後の研究に活かしていきたいと思います。最後に、今回のシンポジウムを開催、運営してくださった石野先生、柴田先生をはじめスタッフの方々に心より御礼申し上げます。
名古屋大学 大学院創薬科学研究科 松尾 直紀
第3回 公開シンポジウムに参加して
第3回公開シンポジウムが2月27、28日に九州大学で開催されました。私は幸いにもこの新学術領域が発足した年から天然変性タンパク質のSAXSによる解析に関わらせていただくことができたのですが、恥ずかしながらそれまで天然変性タンパク質という言葉さえよく理解していませんでした。おそらくそれは私だけではなく、2010年に開かれた第1回領域会議では「そもそも天然変性タンパク質の定義は何か?」という議論がなされ、各研究者がその当時もっていた天然変性タンパク質に対するおぼろげなイメージを出し合っていたように記憶しています。そのようにして始まった天然変性タンパク質の研究ですが、5年の間に大きく理解が進み、認知度も増したように思います。天然変性タンパク質という一つの新しい概念を理解するために、分子生物学・細胞生物学、構造生物学、情報生物学など様々な分野の研究者が集まるこの領域は私にとっても非常に刺激的で、各研究者の様々な考え方やアプローチの仕方がきけるこのシンポジウムに参加するのは毎回楽しみでした。今回の公開シンポジウムでは私は特に、In-cell NMRによる天然変性タンパク質の細胞内での構造や、分子動力学による天然変性タンパク質のシグナリング特性の研究に興味を持ちましたが、それ以外にも多くの素晴らしい研究成果を聴くことができました。同時に天然変性タンパク質の多様性についても改めて認識させられ、今後の研究の発展に注目していきたいと思いましたし、私も少しでもこの分野の発展に寄与できるような仕事をしてゆきたいとも思いました。最後に、この新学術領域を通して多くの方と関わる機会が持てたことは、私にとって何よりも素晴らしかったことです。本シンポジウムの運営をしてくださった、石野先生、柴田先生、さらには5年間を通してこの新学術領域を運営してくださった多くの先生方、スタッフ、学生の皆様に心より感謝いたします。
横浜市立大学 生命医学研究科 小田 隆
シンポジウムでのお話したことにくわえて雑感少々
科研費は貴重な研究資金源であるが、「新学術領域研究」はほかに得るものも大きい。本領域での交流を通じてIDPの面白さとそれが関与する現象の奥深さに気づかせてもらった。
私にとってのIDPの面白さはまずその特異な物性にある。特異性はIDPのアミノ酸組成の特異さ、すなわち荷電アミノ酸含有率の高さに起因するといえる。このことを重視して研究を進めてきた。講演では、荷電アミノ酸含有率が高いゆえにdisorderしている、disorderしている(かつクーロン力を使う)がゆえに相手分子との結合と解離が速くなる、しかし従来のfly-casting機構とは異なり結合の加速は限定的、むしろ解離の加速のほうが顕著である、ということを我々のMD計算結果をもとにまずお話した。菅瀬さんから結合領域両側に続く長いID領域の寄与についての質問をいただいた(他の機会にも貴重なコメントをいただいた)。懇親会で森川さんが「時間」の視点の重要さを指摘されていたのも頭にとどめておきたい。
私がIDPに興味もつようになったのは、物性面での面白さにくわえて、それが生命の中枢機能である細胞内シグナル伝達・遺伝子発現制御に深く関与していることによるところが大きい。迅速な結合・解離というIDP特有の動的物性はこれらの生物機能と密接に関連しているように思える。さらに、荷電アミノ酸に富んでいるIDPはリン酸化等にともなう電荷変化に鋭敏に応答するはずあり、これもシグナリング機能(スイッチング能)に好都合のように思える。講演では、転写因子のコアクチベーター結合領域(disorder領域)のリン酸化によって相手分子との結合が促進されることをMD計算によって実際にお示しした。静電相互作用を利用したこのようなシグナル伝達・制御の分子機構にはかなり普遍性があるのではないかと私は考えている(西村さんのご講演のときに宮田さんがこの点を質問されていたと思う)。
IDPが細胞内で担う機能の重要度を考えれば、それがうまく働かなくなったときの深刻さは容易に想像がつく。IDP研究の究極のゴールは深刻な疾病の治療に貢献することであろう。シンポジウムの締めで代表の佐藤さんが創薬のお話をされたのはそういう意図もあったように思う。私自身についてはそのゴールはかなり遠いが、少なくとも本領域のおかげで今後の研究への指針と活力をいただけた。領域の皆様に感謝申し上げます。
早稲田大学 先進理工 高野 光則